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tayori37
2016. Autumn 25新任先生からごあいさつ 4 月に、工学部人間科学研究センターに着任してまいりました。同センター教員は、いわゆる教養教育(総合科目)を担当していますので、「憲法学」が専門の私は、「社会生活と法」、「くらしと日本国憲法」といった法学の授業を担当しております。 日々のニュースなどでご承知かと思いますが、戦後日本の政治と社会の屋台骨であった「日本国憲法」を「改正」する政治の動きが、かつてないほどの勢いを増してきております。もしも日本国憲法の条文改正が国会議員から提案されるようなことがあれば、その承認・不承認について「国民投票」が行なわれるわけですが、満18 歳以上がその投票権者ですので、大学1 年生から国民投票に参加する可能性があります。 そもそも「教養(リベラル・アーツ)教育」の重要な目標の一つは、“ 自分の生きる社会が直面する諸問題、そして広く人類が直面するグローバルな諸課題を理解し、それらに主体的に向き合い、取り組むことができる知識と行動規範を身につけること” であると思うのですが、「憲法改正問題」というのは、そうしたローカルかつグローバルな諸問題を総括するような重要な問題であると言えます。ですので、憲法改正問題について学生一人ひとりが自分で考え判断できるように手助けすることが、教養教育としての私の憲法の授業にとって、その存在理由にもかかわる重要な使命であろうかと思います。そのような観点から、いろいろな情報を学生たちに提供するように努めてまいりましたし、これからも努力します。* 本学に着任する前は、徳島大学に4 年間勤め、さらにその前は福島大学に13 年間勤務していました。13 年間勤めた福島大学を離れるきっかけになったのは、2011年3 月11 日の東日本大震災に伴う「東京電力福島第一原発事故」でした。住んでいた福島市内はどこも強制避難区域には指定されませんでしたが、深刻な放射能汚染に見舞われたことは事実です。チェルノブイリ原発事故の汚染基準によれば、「強制移住」になる汚染地帯が市全域の3 分の1 程度、移住を希望する者に国が費用等を支給する地帯が3 分の1 程度で、両方あわせて福島市全体の実に3 分の2 程度を占めています。 家族(妻と当時4 歳の子ども)は、まずは私の実家のある山口県宇部市に避難し、その1 ヵ月後からは福岡に移動して、そこで2 年にわたる避難生活を送り、私は2011 年度いっぱいで福島大学を去り、12 年度から徳島大学に移ることになりました。 それで家族で徳島に・・・・とはならず、以前から強い関心を寄せていた「シュタイナー学校」に子どもを入学させたくて(福島でも避難生活を送った福岡でもシュタイナー幼児教育を実践する子ども園に子どもを通わせていました)、西日本で随一の学校のある京都府京田辺市に移住することを決意しました。家族は一足早く、子どもの入学にあわせ2013 年4 月に福岡から京田辺に移り住みました。私は2016 年つまり今年の3 月まで徳島大学に勤め、4 月から本学に着任した、というわけです。「3.11」からずっと家族がバラバラ、というほどでもありませんでしたが、しかしかなり変則的な暮らしを余儀なくされてきましたので、本学に着任し、家族が本当の意味で「再統合」を果たせたのは、この上ない喜びです。ご縁に深く感謝しております。* おかしなことですが、私は九州(博多)に生まれ、中国地方(山口)で小中高校を過ごし、中部(名古屋)で大学に通い、最初の大学ポストを得たのが東北(福島)、次が四国(徳島)、そして今年から関西──と本当に日本のあちらこちらで暮らしてきました。父の出身が群馬で、妻の出身が埼玉ですので、私自身は暮らしていませんが、関東も知らないわけではありません。 あちこちで暮らしてきて改めて思い知るのは、災害は日本中どこでも(「どこか」はわかりませんが)起こる、という冷徹な事実です。私の家族は放射能から逃れて福岡まで避難しましたが、そこで、福島からだけでなく北関東・関東からの多くの避難者──その大半は私たちの場合と同様小さな子どもを連れた母子でした──と出会いました。中には、福岡からさらに熊本に移動した方もいましたし、最初から熊本に避難した方もたくさんいました。そしてその方々は、避難先の熊本で、再び熊本地震に被災してしまいました。その隣県、鹿児島には川内原発が再稼動を始めていました。本当に気味の悪いことです。 世界で起きる大地震の約1 割が、ほかでもない、このきわめて狭隘な国土しか持たない日本で起きるといわれるほど、日本は地震大国です。福島原発事故の被災者としては、日本の政府と国民は、もっと真剣に「脱原発」を考えるべきだと思います。少なくとも、「脱原発依存」を掲げ、2012 年夏に「2030 年代原発ゼロ」を決めた民主党(当時)政権の時と同じくらいには真剣に──。* 筆のおもむくままに書き連ねていると、最後は脱原発の話になってしまいました。ともあれ、これからどうぞよろしくお願い申し上げます。プロフィール1990 年 名古屋大学法学部法律学科卒業1996年 名古屋大学大学院法学研究科公法学専攻単位取得退学1996 年 名古屋大学法学部助手1999 年 福島大学行政社会学部助教授2012 年 徳島大学総合科学部准教授2016 年 大阪電気通信大学工学部教授(現職)人間科学研究センター教授中なか里さと見み 博ひろし先生